お気に入りのカフェで福祉事業を考えてみた

最近、近所に素敵なカフェを発見したので散歩コースを書き換えた。

そこは私にとってもちろん「カフェ」なのだが、本来は「障害のあるバリスタや焙煎士が活躍するロースタリーカフェ併設の福祉施設」(公式サイトより)である。この空間では福祉施設がメイン、カフェは併設されたものである。

福祉施設といっても、従来のイメージをくつがえすどころか、カフェの街、神田・神保町界隈でも頭一つ抜けたオシャレさである。そして目的のコーヒーが一流のおいしさなのだ。

店舗は2階。靖国通りの裏道から見上げると緑が生き生きと茂っている。外階段をのぼるかエレベータであがるかする。

短い廊下の左手にコーヒーバッグやオリジナルタンブラー、Tシャツなどが販売用に陳列され自由に手に取ってみることができる。

少し進んで右手のカウンターで注文をする。現金のほかキャッシュレス決済ができる。いつもの「千代田ブレンドのホット」を頼む。

スタッフの方がコーヒーを淹れてくれている間には、おすすめのすごし方が二通りある。

会計カウンター前の木製ベンチに腰掛け、丁寧にドリップしてくれるバリスタの手元を眺めて待つ。あるいはテラス席で一番お気に入りの奥のベンチでくつろぐ。私は、両方をほぼ交互に楽しんでいる。

店内をテラスへ向かえば、奥には本格的な焙煎機が鎮座している。手前にはいくつかのテーブルが置かれ、豆をより分ける作業や、コーヒーのレクチャーなどが行われている。
ここは素通りができない。皆さんが気持ちよく挨拶をしてくれるので、こちらも丁寧にあいさつする。

こうしてテラスで心地よい風に吹かれながらおいしいコーヒーを飲むことができるから、気づけばほぼ毎日通っている。


このカフェ(本来は福祉施設)「ソーシャルグッドロースターズ」は、2020年のグッドデザイン賞(GOOD DESIGN AWARD)を受賞されている。

https://www.g-mark.org/gallery/winners/9e40949f-803d-11ed-af7e-0242ac130002

一般社団法人ビーンズ(以下、ビーンズ)によって2018年に開設された。

ビーンズ代表理事の坂野さんは、元経営コンサルタントとして活躍しておられたが、「もっと密に個人と向き合う仕事がしたい」という思いから障がい者専門の就職支援会社に転職、そこで得た経験・問題意識をベースにビーンズを立ち上げた(公式サイト「代表インタビュー」より)。
ビーンズが展開する複数のサービスのうちの一つが、このソーシャルグッドロースターズである。

正式な施設名は「就労継続支援B型作業所ソーシャルグッドロースターズ千代田」という。

障がい者に焙煎士やバリスタという職業を提案し、コーヒーの専門家として社会に価値を提供することを支援する、千代田区の協力を得たプロジェクトである。

店内を見渡してみればなるほど、プロジェクトのコンセプトが隅々にいき届いている。


ここで一つ疑問がわく。

このビジネスモデルはどのように成立しているのだろうか。

特にカフェという事業はもうけが出にくいことで知られている。コーヒーだけではなく軽食を提供して単価を上げたり、人件費や家賃を抑えたり、さまざまな工夫が必要な業種である。

しかしこちらのカフェは、普通のカフェでなされるような単価向上や経費削減の苦労のあとがほぼみられない。

コーヒーがまさにメイン、スコーンなど多少はあるものの、軽食に力を入れているようすはない。店内販売用のグッズはそれほど売れているようにも見えない。

店内には大抵いつも、障がい者の皆さんと支援スタッフの皆さんが、それぞれ数人以上は仕事をしている。コーヒーを飲みに来た客より人数が多い。
この方々の給料はどのように支払われているのだろう。

新しくおしゃれなビルのこのフロアの家賃は、靖国通りの一本裏手という立地もあって、Web上で公開されている賃貸オフィス情報によれば60~70万円程度ではと推察される。

ふつうの事業ならば黒字化は難しい。どのように継続させているのだろうか。


その答えは「就労継続支援B型」という事業にあった。この事業モデルに多くの皆さんがなじみがないであろう。私は初めて知った。

就労継続支援B型とは、一般企業・団体に就職することが困難な障がい者に対して、障害者総合支援法を根拠として提供する「障害福祉サービス」、あるいはそれを行う事業である。

就労継続支援「B型」というからには「A型」もある。違いは「雇用契約の有無」である。
B型は、(A型と異なり)作業所(事業所)と利用者の間に雇用契約がない。よって最低賃金の給与保証はない。その代わりに、好きな時に通えるという自由がある。

「就労継続支援B型作業所」についてもう少し詳しく紹介したい。「作業所」は一般名称のため、以下「B型事業所」としよう。

まずは障がい者の側から。B型事業所において、障がい者の皆さんは「利用者」である。B型事業所が提供する支援サービスの「利用者」として、スキルや技能の習得の支援を、作業を通じて受けることができる。雇用契約がないため給料は払われないが、作業の対価として「工賃」を受け取れる。

一方、B型事業所側は「サービス提供者」である。B型事業所を開設するには、一定の要件(常勤の管理者が1名以上など)を満たし手続きを行ったうえで都道府県知事から指定される必要がある。

手続きは見たところ一筋縄ではいかない。行政書士に相談することもできるようである。Googleで「B型事業所」を検索すると開設コンサルの広告が複数表示されるはずだ。

B型事業所が開設できれば、国や自治体から「訓練等給付費」(以下、給付金)を受給できるようになる。

この給付金こそが、B型事業所にとっての最大の収入源である。

この給付金の金額は、事業所の運営実績に応じて細かく定められている。

※参考:厚生労働省「 報酬算定構造・サービスコード表等」令和4年10月施行分うち「障害福祉サービス費等の報酬算定構造」

具体的にいうと、給付金は「基本報酬」+「α(臨時的支援への報酬加算)」でなりたっている。

このうち「基本報酬」は、毎月の事業所の「定員」と「工賃の平均月額」を元に算定される。

わかりやすくいえば、
(1)少ない定員の事業所(=手厚い支援が期待される)で、
(2)工賃の平均月額が高い(=毎日あるいは長時間の利用者が多い)ほど、
基本報酬が上がる仕組みとなっている。

ここでB型事業所の収益について、上記厚生労働省の報酬算定表を基に試算してみる。

※参考:LITALICO仕事ナビ「障害福祉サービスの報酬とは?単位や単価、報酬の計算方法を初心者向けにやさしく解説!」

たとえば以下のような条件だとしよう。
・地域は東京都千代田区
・利用者7.5人に対して支援スタッフが1人以上
・定員20人
・利用者に支払われる工賃の平均月額が1万円未満
※工賃の月額例:1時間あたりの工賃200円×1日2時間利用×22日間来所=8,800円

上記条件のもと、利用者1人が1日利用した場合の報酬額は
566単位(※1) × 11.14円(※2) = 6,305円(端数切り捨て)
※1 上記厚生労働省の報酬算定表に基づき、定員と平均工賃月額より。
※2 地域区分(千代田区)に応じた割合(1114 / 1000)を10円に掛けたもの。参考:「厚生労働省が定める一単位の単価

そして定員に対する利用率が80%(1日16人が利用)で、月の営業日数が27日だった場合の1ヶ月の基本報酬総額は
6,305円 × 16人 × 27日 =2,723,760円

となる計算である(この数字に対してさらに臨時的対応への加算やその他理由による減算がなされる)。

事業所の収益は、この給付金だけではない。顧客へのサービス提供の売上等が加わる。

仮にコーヒー一杯で500円の売り上げとして、20人が来れば一日10,000円、営業日数27日で27万円である。

1か月あたり300万円前後の中にすべての費用が収まれば事業所が継続できる計算である。

つまり利用者に対して手厚い支援を行い、利用者が毎日来てくれるようになれば、B型事業所の事業は安定するだろうということがいえる。

とはいえB型事業所の事業が永続するとは限らない。

利用者の通所日数を水増しして報告するなど、給付金の不正受給の問題がある。「支援」の質の問題もある。特に不正受給を行うような事業所が利用者に提供のは、利用者のスキルアップに結び付かない単純作業など、本来的な「支援」とは到底いえないようなものであるようだ。

こうした不正やサービスの質の問題は、給付金の見直しや、給付要件の厳格化、さらにB型事業所開設手続きの複雑化や指定要件の厳格化につながる。

障がい者の就労にまっとうに取り組もうとする、ソーシャルグッドロースターズのような事業所に続こうとする人たちのハードルを上げる原因になりかねない問題なのである。

※参考
ウィキペディア「就労継続支援」
障がい者就業サポートガイド「就労継続支援B型」
障害者.com「就労継続支援B型の収入源と不正の手口」


…と調べていくうちに、ようやくこのカフェ(本来は福祉施設)のエコシステムがようやく腑に落ちた次第である。

とにかくソーシャルグッドロースターズの皆さんが淹れてくれるコーヒーは一流のおいしさだし、オシャレで清潔な空間やテラスは居心地がいい。豆をより分けている皆さんの間からは笑い声が時々聞こえ、いかにも楽しそうな雰囲気である。居場所がある感じがする。

明日も仕事の合間に、コーヒーをいただきに行くだろう。

以上